植物はなぜ「体に良いもの」を作るのか?──ポリフェノールの秘密に迫る

「植物の力を、健康に」。
スーパーフードやナチュラルコスメの広告などで、こうしたフレーズを目にする機会が増えてきました。私たちは日々、食品や化粧品、日用品、時に薬のかたちで「植物の力」を無意識に取り入れています。とりわけ、赤ワインやお茶、コーヒーに含まれる「ポリフェノール」は“健康に良い物質”として広く知られています。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみてください。
なぜ植物は、人間の健康に良いものを作るのでしょう?
それは本当に、私たちのために作られたものなのでしょうか?
今回はこの疑問を入り口に、「ポリフェノール」という植物由来の成分に注目して、その奥にある植物の生存戦略と、私たちとの意外な関係を紐解いていきます。
「ポリフェノール」とは何か?
ポリフェノールは植物が自らの生命活動の中で作り出す、天然の化学物質です。現在知られているだけでも、その種類はなんと5000種類以上。植物のほとんどがポリフェノールを合成し、同じ植物の中でも複数の種類を持ち合わせています。
代表的な働きは「抗酸化作用」。
私たちの体が紫外線やストレスを受けると、「活性酸素(Reactive Oxygen Species)」という有害な物質が発生し、老化や病気の引き金となると考えられています。ポリフェノールはこの活性酸素を抑える力があるため、アンチエイジングや生活習慣病の予防などに期待されているのです。
では、そのポリフェノールはなぜ植物によって作られているのでしょうか?
ここからは、植物にとっての“理由”を探っていきます。
ポリフェノールは植物の“盾”だった
1. 紫外線・乾燥といった「環境ストレス」からの防御
植物は動けません。炎天下も、極度の乾燥も、その場で受け止めなければならない。そんな過酷な環境下で、彼らは自らを酸化ストレスから守るためにポリフェノールを作り出しました。
たとえば、「アントシアニン」や「フラボノール」は紫外線を吸収し、有害な活性酸素を中和します。特にUV-Bと呼ばれる波長の紫外線は生物にとって有害ですが、フラボノイドはこれを吸収し、植物細胞をガードします。
赤ジソが赤く見えるのも、実はこのアントシアニンのおかげ。表皮の細胞に色素を集め、内部の細胞を紫外線から守っているのです。実際、ポリフェノールの合成を制限した実験用植物では、紫外線や乾燥への耐性が低下することも確認されています。
また乾燥に強い植物ほどポリフェノールの生成量が多いことも実験でわかっています。植物にとってポリフェノールは、まさに「見えない鎧」と言えるでしょう。
このような性質から、現代の化粧品や日焼け止めにもポリフェノールが応用されているのは、植物と人間に共通する“酸化ストレスとの闘い”を示す好例です。
2. 動物・昆虫と渡り合う「生物ストレス」対策
ポリフェノールのもうひとつの側面が、外敵への防御機能です。代表的なのが「タンニン」と呼ばれるポリフェノール。
タンニンはタンパク質と結びついてその構造を変える力があり、結果として強い渋みを生み出します。この渋みが、動物や昆虫の食欲を減退させ、食害を防ぐ役割を果たしています。
たとえば渋柿。未熟なうちはタンニンが豊富で渋く、動物は手を出しません。しかし果実が熟すと、タンニンは水に溶けにくい構造に変化し、渋みがなくなります。こうして甘くなった果実は動物に食べられ、種子は遠くまで運ばれる──これは「動物散布(ズーコリー)」と呼ばれる植物の戦略です。
つまりタンニンは、「今は食べないで、時が来たら食べてね」というメッセージでもあるのです。
ちなみにこのタンニン、人間にとっても薬効があります。整腸作用や止瀉作用をもつ生薬「ゲンノショウコ」や、口腔清涼剤に使われる「阿仙薬」などにも含まれており、口臭や雑菌の抑制にも応用されています。
3. 成長と形を整える「植物ホルモン」との関係
ポリフェノールは、防御や渋みだけでなく、植物の成長過程にも深く関わっています。
植物には「オーキシン」というホルモンがあり、細胞の伸長、発根、光屈性や重力屈性(光や重力の方向に応じた成長)を調節しています。このオーキシンがどこに、どのくらい移動するかによって、植物の形や大きさが決まってくるのです。
ここで登場するのがポリフェノールの一種である、フラボノイド。
フラボノイドは、オーキシンの輸送を担う「PINタンパク質」の働きを調整し、特定の部位にオーキシンをとどめることで、局所的な成長を促す仕組みに関わっているとされています。
興味深いことに、フラボノイドとオーキシン輸送系は、コケ植物やシダ類、裸子植物、被子植物といったすべての陸上植物に共通して見られます。これは、植物が藻類から進化する過程で、両者の関係が長い時間をかけて発展してきたことを示唆しています。
「植物の力」とは、植物の“戦略”の結晶だった
こうして見てくると、赤ワインに含まれるポリフェノールも、緑茶の渋みも、美容液に配合されたアントシアニンも、すべてが植物自身の生き抜くための知恵の結晶であることが分かります。
植物は、私たちの健康のためにポリフェノールを作っているわけではありません。
それでも、その進化の副産物が私たちに恩恵を与えているという点で、自然との共生の一面を垣間見ることができます。
ちなみに近年では、ポリフェノールが腸内細菌に与える影響や、プレバイオティクス的な役割への研究も進んでおり、「植物の力」は単なる“自然素材”以上の可能性を秘めているとも言われています。
次にハーブティーや赤ワインを味わうとき、あるいはスキンケアをするとき、その中にある“植物のサバイバル戦略”に、ほんの少しだけ思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
参考文献
- 斉藤 和季 (著)『植物はなぜ薬を作るのか』, 文藝春秋, 2017年
- 田中 修 (著)『植物はすごい 生き残りをかけたしくみと工夫』,中央公論新社, 2012年
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